カテゴリ: エッセー

私はベンチャーナウというウェブ界隈では有名なメディアさんで記事を連載させていただいているのですが、先日「スタートアップが受託を通して小銭を稼ぐということ」という記事を書かせていただきました。

要約すると、
・私たちニューロープは第三者割当(出資)を引き受けてもらっているためある程度の資本金がある。
・それでも受託(お客様から発注いただく仕事)で企画やデザイン、開発の仕事をしている。
・資金に余裕がないとトライ&エラーできないため、日々お金を稼いでサービス開発に充てている。
というもの。

「出資を受けた会社は自社サービスの開発に専念して、とにかくスピーディに開発を進めるべき」という考え方があるのですが、私たちは自信があるサービスだからこそ、試行錯誤する時間を取って何とか成功まで持っていきたい、と考え、受託の仕事をしています。
この記事は「スタートアップは受託をすべきではない。いや、した方が良い」という昔から飲み会なんかでも繰り返されているテーマに切り込んだものであることもあって、NewsPicksでも話題にのぼりました。
(注:NewsPicksというのは経済に特化したキュレーションメディア。ウェブ上の様々な経済に関するニュースについて、感度の高い方々が所見を述べるという非常にためになるサービスです。)
一時期はビジネスカテゴリの人気3-4位あたりとうろうろとしていて、コメントも50件近くいただくことができました。ここでコメントをいただくと、コメンテーターのTwitterやFacebookにも情報が拡散されていくので、最終的にかなりの人の目に留まることになります。賛成意見、反対意見ありましたが、経験に基づくコメントが多く、どちらも参考になりました。情報発信することのメリットの一つはフィードバックを得られることですね。

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NewsPicksビジネスカテゴリ3位の図


今回はこのNewsPicksで話題にのぼったおかげで、実際にお仕事をいただける運びになりました。記事の末尾に「というわけでお仕事募集しています。ご用命の方はご連絡ください。」というような宣伝を入れさせていただいたのですが、共感していただいた読者様からお声がけいただいたのです。しかも非常にやりがいのある仕事で、長い良いお付き合いになる予感がしています。
昔から受託業と言えば人脈を辿ってコーポレートサイトを作ってブログを地道に更新して、引き合いがあればヒアリングにうかがって見積を出して…というような流れで営業には苦労することが一般的ですが、今回の件は受託でもソーシャルマーケティングが成立した例としてちょっと面白いなぁと思っています。

SNSが生活に浸透してきて、個人の情報発信はレバレッジが効きやすくなっています。本当の気持ちを文章にしたら(全員ではないものの)読む人の心に響いて広まって、願いを引き寄せてくれるような性質があります。そういった意味で、すごくアナログだけど自分自身と向き合うことや、そこから言葉を紡ぎ出すことはこれからますます重要になってくるような気がしています。(もちろんどういう切り口であれば拡散しやすいかなどのノウハウも。)
あらためて情報発信の大切さ、可能性を感じた顛末でした。
いただいたお仕事には気を引き締めて取り組んでまいります! 

高校のバスケットボールの授業中、ラインを切ろうとするボールに手を伸ばしたが届かず、相手チームのボールになってしまうことがありました。
そのときバスケ部の友人がとばしてきた言葉が「先に手を伸ばしてもだめだ。ボールのところまで走っていってから手を伸ばせ」というものでした。
この言葉はすごく象徴的なものだと思います。

最近強く思うのが「身の程より大きくなることはできない」ということです。
見栄を張ってもボロがでるし、本質的に意味がありません。
自分をブランディングしようとしても、十分な材料がなければ著名人たちと同じフィールドでは戦えません。
自分を大きく見せようと思っても仕方がない。自分の身の程をわきまえる必要もありません。わきまえなくてもそれ以上になることがないからです。
NewsPicksで気の利いたことを言っても、有名なCEOのジョークにかき消されてしまいます。Twitterで情報発信しても見向きもされません。でもそれが身の程というものだと思っています。

ほどほどに生きろということではありません。
僕は常にチャレンジをしようと心がけています。それは身の程を少しでも大きくしていくためです。
今日の自分は失望されるかもしれない。それは仕方がない。
でも身の程を大きくし続ければ、いつかはそうではなくなります。
今日結果が出なくても焦る必要はありません。ボールのところまで走っていくしか他に手だてはありません。

本田直之さんや勝間和代さんが牽引してから、ビジネス書ブームが続いています。
投資の仕方、ITの活用方法、効率的な勉強法、人脈の作り方など。
比較的即効性があり、ためになることがふんだんに盛り込まれています。
僕もたくさん読みましたし、これからも読んでいくと思います。

ただ気をつけないといけないのは、他のビジネスパーソンも同様にその書籍を読んでいるのだということです。
みんなが読んでいる本を読んで自分の性能を上げていったところで、シャープの液晶テレビのようにコモディティにしかなることができません。
そこそこの値段にはなるものの、特段必要とされるわけではないし、人と違ったことは何もできずに終わってしまうでしょう。
ビジネス書は即効性がある代わりに、領域が限られており、それ以上の発想や広がりを促すようなところがありません。

価値を生み出すのは、今までの人とまったく違うことをするか、従来あったものでもまったく違う切り口を見つけるかのどちらかです。
ビジネス書をいくら読んでもそのどちらも手をつけることができません。
なぜならみんな読んでいるものだからです。
これは由々しき事態です。


僕はビジネス一般、IT、ファイナンスの他に僕が意識的に手を広げているのは、生物学、純文学、デザインの3つです。
特に生物学は発想する上で非常に有効だと思っています。
人は人間なので、やはり生物学的な制約の上で考え生きています。
生物学は非常に根源的なところを突いているので、人間に必要なものや考え方を振り返る上で拠り所になります。
例えばLINEやFacebookといった成功したサービスの成功要因をばらばらに分解して他の何かを組み立てても価値のあるものは生まれません。
そもそも要素の組み合わせがクリエイティブなのであり、その組み合わせを変えた時点で本質的な価値が失われてしまうからです。

人と違うインプットを心がけましょう。
方法が読書である必要はありません。
みんなが言っていることを無視する強さが新しい価値を生むと僕は思います。

舞台裏で照明や音響を仕込む裏方がいることは皆さんご存知だと思う。
ライブ時に照明や音響を操作するのはまだ花形な方で、どちらかというと会場設営時に高いところに登って照明を天井から吊ったり重たい器具を運んだりといった、仕込みのウエイトの方が大きい。
僕は学生の頃、照明屋という照明サークルに所属していた。僕が通っていた学部には裏方をリスペクトするような文化があったので、表舞台の軽音やジャズサークルからも感謝され、決して日陰の存在ということもなく、活動内容からイメージされるよりも明るく活動していたと思う。
ただ、照明器具は重たいしあまりきれいではない。照明器具を吊るために登る天井裏も埃まみれだしよく分からない突起があちこちにあって服やスニーカーを破るようなこともあった。作業は深夜にまで及び床で仮眠をとるようなこともあった。いわゆる3K(きつい・汚い・危険)に該当するサークルだ。
照明屋のことが好きだった理由のひとつに、その活動環境故に、男も女も汚れても良い服装をしていて、汚れることをいとわない振る舞いをできたことにあった。
普段おしゃれをして街に出るとき、服が汚れることをどうしても気にしてしまう。これは意外とストレスのたまる原因になっているように感じる。

僕は5年くらいアメブロで運営してきた『1億総経営者』というブログを持っているのだけれど、数日前にこのミクスチャーという新しいブログをふと立ち上げた。
『1億総経営者』は僕が中小企業診断士を取得した頃に立ち上げたもので、ビジネスパーソンとしてがんがんセルフブランディングをしていこうという魂胆があった。コンテンツも研修講師のようなポジションから書いていたり、起業家として意気込みを書いていたりと、それはそれで悪くないのだけれど少し肩肘が張っているようなブログになってしまった。おしゃれすることを考えて作ったものだから、汚したらいけないようなブログになってしまっていた。でも僕はまだそこまでの人間にはなれていないから、最近は無難なことしか書けなくなったように勝手に感じている。『1億総経営者』のコンセプトが悪いとは思わないけど、汚れることをいちいち気にしていたら僕には書けるようなコンテンツがあまりない。
このミクスチャーというブログは汚れても良いブログにしようと考えている。情けないことを書いて笑われたり、主観的なことを書いて誰かと対立したりしても良い場にしていきたい。僕はもともと書くことが好きなので、とにかく書きたい。面白いことを書いていきたい。

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女性向けのサービスを展開するために、意識的に女性の声を聞くようにしているのですが、皆さんの口から「はあちゅう」という名前が度々出てきます。男性はあまりご存じないかもしれません。いわるゆアルファブロガーさんで、恋愛をテーマにしたリアルなエピソードやそれに対する考察をブログや各メディアで発信なさっていて、女性の心をとらえて放しません。

すごくきらきらしているわけではなく、どろどろしているわけでもなく、劇的なドラマがあるわけでもなく、言ってしまえばマジョリティの恋愛をなさっているのですが、それを女性が「そうそう!」と頷けるように明文化しているところがすごいのだと思います。
恋愛の感覚は非常にもやもやしていて、おそらく言語化できる人はあまりいません。言語化できないと自分がどういう状態なのかもよく分からないし、これからどうしたら良いのかもいまいち分かりません。それが明文化されていると、一歩先に進むことができます。一歩先に進んだところでその先にはもやもやが続いているのですが、数学者や科学者が少しずつ真実の輪を広げていくように、確かな一歩が感じられ、少し納得できて、一服つくことができるのだと思います。

そのリアリティから、江國香織さんに少し近いような印象を受けました。ただし江國香織さんの小説は非常にリアルで正視できないようなところがあると個人的には思っているのですが、これは過去を振り返って現在の感情を乗せずに書いているからであって、はあちゅうさんはあくまでも振り返った上で「それを今後にどう活かすか」という明るい視点で書いているので、性質としては似ているものの、読んでいて暗い気持ちにならないのが今の若者に合っているように感じました。
等身大の恋愛を歌にしているaikoや西野カナと(深度やベクトルは全然違いますが)近い系譜だというと分かりやすいかもしれません。以前は純文学だったものが、今は歌やエッセーとして、変わらず求められているのです。


僕は成功モデルを分解して考えるくせがあるのでここまでちょっと分析的に書いてしまいましたが、単純に一読者として学ぶこともたくさんありました。なるほどと思った部分を少しだけ引用させていただきます。

「時には、まわりの目なんて気にせず大胆に立ち振る舞うこと」
「努力で全てをねじ伏せてきた人たちも、努力ではどうにもならないことがあるのを知り、その中で工夫したり葛藤したりすることで、人間らしさを取り戻すんだと思う。」
「自分を変える作業を、相手のためと錯覚していろいろ「してあげてる」気持ちになっちゃったりもする。」
「今までは彼を忘れる努力をしていたけど、忘れないほうがよっぽど大事だって思えました。忘れていたことは全部、それが起きた瞬間はなんでもないことだったけれど、後から振り返ると、とても愛おしくて、特別で」

男である僕がaikoを聞いても何となく気持ちが分かるように、女性の視点から書かれていてもはあちゅうさんの考え方にも共感できるところがたくさんあります。感覚的には数学者や科学者と並列の存在として、敬意を払いたくなります。
生物の種として、恋愛は本来すごくウエイトの大きなもののはずで、どこまでいっても人間はここに振り回され続けることになります。女性の方が男性よりもハッピーになることに対して貪欲だから、感覚的にそのことが分かっている。男性はなぜか感覚的にそのことが分からない。でも考えるべきだし向き合うべきです。本来狩りのできなくなった男は用なしなのだから、定年のある現代において仕事にあぐらをかくことが許されないのは明白です。

あとそもそも超クールなウェブサービスやアプリに熱狂しているのはほんの一部の人間です。みんな恋愛や他のことで頭がいっぱいなんです。最先端のメディア論とかマーケティング手法を学ぶのも良いけど、はあちゅうさんの恋愛炎上主義を読んで人間の血を取り戻した方がビジネスパーソンはうまくいくと思います。

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