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2019年は「個人」に立ち戻ることができた1年間だったように感じます。

ことの発端は資金調達です。
僕がCEOを務めているニューロープは2018年と2019年に1回ずつ、ラウンドを重ねています。
それまでは、個人事業主的にデザインやウェブ制作をして、いただいた対価を事業資金に投下するということを続けてきました。
本業のファッションAI事業にコミットしながら、隙間に制作案件を敷き詰めて、それこそ帰りがけのスーツケースのように無理やり押し込んで、制作案件だけで毎月50万円とか100万円とか稼いで、そのすべてを会社に突っ込んできました。
長らくそこに「自分の時間」の入る余地はありませんでした。
しかし調達額や月々のキャッシュフローが大きくなってくると、その50万円や100万円が担う役割が相対的に小さくなってきます。平たく言うとそれまで必死こいてやってきたことの意味があんまりなくなってくるのです。

加えて、会社のメンバーが増えてくるとその一挙手一投足にまで目を配れなくなってきます。
もともと僕はマネジメントするのが好きでも得意でもなく、少人数の頃から意思決定含めてメンバーに任せてきた背景も手伝って、今や僕がディティールを把握していない話が社内には既にたくさん生まれています。
今さらマイクロマネジメントをやろうと思ったって無理な話です。
裏を返すと僕が介在しなくても物事が進むようになっていると言えます。

ニューロープという会社と自分とが長らく不可分の関係にあったのが、遠心分離機にかけられたようにそれぞれ析出されて、異なる物質としての振る舞いがあらためて認めやすくなってきたというのが2019年でした。

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遠心分離機のイメージ

放り出される格好になった僕が求められるロールも当然変わってきます。
「会社のフェーズによって中の人に求められることが変わってくる」というのはよくある話ですが、個人からするとそれなりに大きな転換点となります。
会社に対して衛星の1つとして何ができるだろうかということを、文字通り距離を取って考えながら、時間を割り当てる対象を変えていく。
意識的に変えたところもあれば、細胞が設計図に合わせて自ずとかたちを変えるようにして結果的に変わったところもあります。

このとき「ニューロープ」という僕に対して強すぎる引力を持つコミュニティとのバランスを保つ上でワークしうるのはやはりコミュニティでした。

「17世紀のサロン」のように意見を交わすコミュニティ

2018年の後半から何となく所属していた「Salon no Salon(以下、5n5)」というオンラインサロンがあります。
発起人であるナカヤマン。さんを中心にクリエイターや起業家、フリーランスなど名のあるメンバー比率がやたら高くなっているのが1つの分かりやすい特徴です。
もちろん企業の中で活躍なさっている、モチベーションやスキルの高い若手や中堅の方々もたくさんいらっしゃいます。
起業家の中にもグラデーションがあって、同世代もいれば、ずっと先を行っている先輩方もいます。

1つ言えるのは「原理的にはフラットな関係になっている」ということです。
上司や部下みたいな上下関係はないし、抜けたければ抜ければ良い。
仮に気に食わない人がいたら相手にしなければ良いし、違うと思ったらそう言ったら良い。
そして尊敬したい人がいれば、勝手に尊敬すれば良い。

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そういう環境に身をおいたときにあらためて気づかされるのは「競争には本質的な意味がない」ということです。
フラットなコミュニティの中で誰が勝って誰が負けるかというのは、プレイヤーにとってもオーディエンスにとっても割と些細な話です。
それよりもコミュニティの中に新しい機会や情報や考え方をもたらす人がいた方が絶対に盛り上がる。コンテンツとして面白いかどうかという反応にさらされる、極めてシンプルな構図がそこにはあります。
コミュニティや社会は本来個人にとってそういった内在的なものであったのが、個々人が各々のお財布を持つようになった資本主義社会の中で別の価値軸が生まれ、極めて分かりにくくなった背景があるように個人的には感じています。

じゃあそういう前提に立ったときに何をどうしたら良いのかという話になる。
5n5にはナカヤマン。さんを初め、「何をどうしたら良いのか」を試行錯誤してきた先輩方がたくさんいらっしゃいます。
そういった先輩方には敵わないものの、僕たちもそれなりの経験を積んでいて、後輩にはいくらか教えられることがある。逆に後輩からも、新しい価値観やその得意領域において学ぶことは少なくありません。
同世代とは腹を割って話せます。何と言っても利害関係がありません。
こういった関係性は、部分的に捉えると多くの人が体験したことがあり、その良さに共感しやすいものでしょう。
コミュニティの大きなポイントは「すべてがインクルードされていること」と「継続的なものであるということ」です。特に後者を個人で仕組み化するということはなかなかできることではありません。
そういう相互関係の中で「個人として何をインプットしてどういうプロジェクトに力を入れたら世の中の役に立てるのか」ということが輪郭を持ち始めます。

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起業して資金調達した僕には、事業をしっかり育てる責務が伴います。
ただし、お金を膨らませることだけを見ているとゴールもマイルストーンもないまま、原理的に一生幸せにはなれないことが目に見えています。上場しても「時価総額を上げる」という株主の圧力は常にあって、それをクリアし続けることは不可能に近いでしょう。
やるからにはやりたいやり方で世の中にsomething newを生み出しながら、その上でエコノミクスも成立させたい。それくらいのわがままを通さないと割に合わないところがあるし、株主の向こう側にある世の中をコミュニティとして捉えたときにそちらの方が還元できるものは大きくなるはずです。
この「主客転倒」を決意したことがある人も少なくはないでしょう。難しいのは継続させて、やりきることだと思われます。そういう価値観を持っている人の絶対数が少ないため、維持するための力学が働きにくいことが原因の1つです。

主客転倒させたまま進めていくに当たって自分がどういうロールを担うべきなのか。
そのためには何が足りないのか。
そういったことに気づかせてくれて、必要なアクションやそのヒントをくれているのが、僕にとっては5n5というコミュニティでした。
何に時間を使って、何に時間を使わないかを決めていく連続性の上に僕たちの人生はあります。
会社に対するロールを見つめ直すタイミングであった僕にとって、これ以上の受け皿はなかったのではないかと思います。

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結論として僕が何に時間を使うようになったかという話を明文化するとどうしても陳腐になってしまうので簡単に触れるくらいに留めておきますが、人と会って話をすることや、歴史や文化を学ぶことや、それらを少しずつコミュニティや事業に還元するかたちでアウトプットしていくことです。
人のアクションには、劇的に新しいものはなかなかありません。誰と会うか、そのためにどういう準備をするか、どういうコンテンツと触れるか、誰に対してアウトプットするかといった機微がほとんどすべてであり、これらを文字に起こそうと思ったらもう一本記事が書けてしまうので、また別の機会に。

ここまで読み進めてくださった、こういう面倒臭い話がお嫌いではない稀有なみなさんとは、5n5でもぜひお話したいです。
サロンにメンバーが増えたところで僕に金銭的なリターンがあるわけではもちろんなく、コミュニティが育つこと自体が上述の通り僕にとってとてもポジティブであることを言い添えておきます。(もっと言うと会費がCAMPFIREで設定できる下限の500円になっていて、サロン自体がまったく収益を目的としたものではありません。)
他のサロンメンバーも、それぞれの切り口で紹介記事を書いているので、ご参考までに。
皆さま引き続き良いお正月をおすごしくださいませ!

会社を立ち上げてもうじき6年になる。
スタートアップの文脈で見ると、1年を待たずに2桁億円でM&Aする会社もあれば、6年もあったら上場している会社だって珍しくない。
ニューロープはどうかというと、M&Aにしても上場にしてもまだちょっと先の話になりそうだ。
つまり経済的に一気に拡大していくという点において、短期間で増床を繰り返すきらきらベンチャーと比べたらうまくいっている方ではない。

この6年間、何度も大変な目にあった。
キャッシュ的な意味で何度か死線をくぐったし、大人の事情に巻き込まれてすごく悔しい思いをしたことも何度かある。うまく結果を出せずに期待してくれたお客さんにご迷惑をおかけしてしまったこともある。これについては今年・来年としっかりと貢献して報いたいと思う。

バッドニュースが顕在化する度に、みぞおちにもやもやとした球状の違和感が生まれるのを感じる。
その違和感はサイズも密度も大したものではないのに、希望や自信や活力といったあらゆるポジティブな気持ちを消臭剤のように引き寄せて、吸着して、なかったことにしてしまう。何をどれだけ詰め込んだって埋められない。
身体には疲労感だけが取り残されて、しばらくは動く気さえもなくなる。全身が酸化してしまったような感覚になる。

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ただ、僕は「起業しているから特別に大変なことが色々あるんだ」とは考えていない。
たぶんサラリーマンをやっていたって同じような気持ちになることはあるだろうし、その回数も程度も大差ないだろうと思っている。
どこで何をしていたって僕は挑戦を止められず、失敗しては勝手に凹んできた。

起業していると、多くの人が経験していないような経験をしているように見せかけられるし、多くの人はそれを見聞きして「よく分からないけどとりあえず大変なんだろうな」と想像する。
でも考えてみてほしい。どんなハプニングが起きたところで、それを受容するレセプタである僕は、あなたと同じ、人間だ。苦しいと言ったって限度がある。そしてあなた以上に苦しんでいるということは、おそらくない。苦しみに上も下もない。

だから僕は起業家が「HARD THINGSだ」といって自分の苦労を特別視しているのを見て、滑稽だと思うことがある。
そもそも現世というものがHARD THINGSに満たされていることは大昔のインド人が一通り指摘している。

「起業は大したことじゃないからみんなやりなよ」と言いたいわけではない。
苦手なこと、難しいことをやって失敗するのは苦しい。苦手だったらやらない方が良い。苦手なことに時間を使いすぎると、限られた人生の中で収支が合いにくくなる。
人には得手不得手がある。だから取り組んでいる対象、立場、モチベーションをかけ合わせると気が遠くなるくらい分散する。分散しているように見える。それで良い。

先述のとおり、僕たちは苦しみや喜びといった感覚のレイヤーにおいて、ドメイン、立場、モチベーションを超えて理解し合えるものだと思っている。誰だってみぞおちのあの違和感を抱えている。
あなたは僕の共感者になりえるし、僕はあなたの共感者になりえる。同じようなことをしている人たちだけで固まっているより 、共感をベースに広がりを持った方が絶対に楽しい。山頂や海辺がそうであるように、遠くまで見渡せた方が人は安らぐことができる。
だから次会ったときには、あなたのことをもっと踏み込んで話してもらえたら嬉しい。

僕自身がまだ「起業家として道半ばにある」という大前提はあるものの、EXITを1つのゴール(注1)と考えたときに、そこに続くいくつかのハードルは超えてきたと思っている。TBSのSASUKEに登場するウォールリフティング(重たい壁を次々と持ち上げ、くぐり抜けて進んでいくエリア)のようなイメージを僕は思い描いている。

自分と同じように重たい壁を持ち上げようとしている人がいたら、個人として応援したいと思っているし、相談を受けたらできる限り応えるようにしている。

先日も起業を志している学生さんからメッセで質問をいただき、回答した。このQ&Aが汎用的なコンテンツになるなと思ったので、今回ブログのかたちでアーカイブしておくことにしました。

注1)EXITはあくまでもゴールの1つであり、通過点でしかないことは注記しておきたい。


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Q1. AI×アパレルの領域で様々な企業がチャレンジする中で、ニューロープが支持を得ている理由は何ですか?(注2)

注2)著者が代表を務めるニューロープはファッション特化のAIを企業向けに提供するSaaS事業を展開していて、各所から評価やご期待をいただいています。

リスクテイクしてテクノロジー面でアドバンテージを取ったこと

ニューロープは2015年からAIの開発を始めています。実際にAIをリリースしたのが2017年なので、この間、1円も生み出さないAI開発にリソースを突っ込み続けたということになります。

ちなみにこの時点では「開発を続けた結果AIが実用のレベルに達するかどうか」は分かりませんでした。

「いけるかどうかわからない」という賭けの要素を持ちつつ、この分野に投資し続けたことが現在になって他社と比較したときに技術的な優位性を築けた源泉になっていると思います。

100%うまくいくと考えられるような領域には大手含む参入が相次ぐため、ある程度のリスクを織り込むことが1つの戦略になってきます。

ブランディングに力を入れていること

領域がファッションなので、コンサル上がりの優秀な人が「最適化したらファッションはもっと儲かりますよ」みたいな売り方をしていても、業界の人たちには刺さらなかったりします。そもそもファッションが好きではない人と「うまくいくかどうか確信の持てないプロジェクトを一蓮托生でやる」という判断はなかなか難しいものです。

ニューロープはブランドをリスペクトしているし、そのことをプレゼンの場、メディア露出の際などに何度もアナウンスしています。本心から思うことだけではなく、しっかりと伝えることも大事。

この成果も少なからずあって、「一緒にやろう」と手を取ってくださるブランドさんがいらっしゃる状況なのだろうと思っています。

Q2. 酒井さん自身が起業するまでに大切にした行動や考え方があれば教えていただきたいです!

結局自分ひとりでできることは高が知れているので、会社に勤めていた頃から社内でも社外でも、お客さんでも発注先でも、誠心誠意付き合うようにしていました。

個人ではなくチームで最大の成果を上げる練習が必要だったこと、将来的に独立したときにも一緒に仕事をしてもらえる関係を作ること、各分野のプロフェッショナルからその領域について学ばせていただくことが理由としてあげられます。

そしてチームで活動をしていくにしても、僕自身にまったく魅力がなければ優秀なメンバーがついてきてくれるはずがないので、自分のスキルを高めることにも相当時間を使いました。

中小企業診断士みたいな難関資格を取ったり、プラグラミングのスクールに通ったり、年500冊本を読んだり…。学んだことはできる限り業務に還元して、会社に貢献しながら実務経験を積むことも意識していました。

プログラミングを勉強したのは、エンジニアと円滑にコミュニケーションするためでもあります。(起業するならIT分野だろうという算段はつけていました。)

Q3. 起業する前と起業した後の自分で変わったところ、変わってないところはありますか?

「周りが超応援してくれるようになった」という変化はありました。

前職、過去の取引先から高校や大学のときの同級生、起業してから会った方々も含めて、「起業して頑張っている」ということに一目置いてくださっている方が少なくないように感じます。多くの先輩起業家にも、同志や後輩として目をかけていただいています。

僕自身は起業前も起業後もこつこつ頑張っているだけで内面に大きな変化がないことを考えると、これがいわゆる「社長特権」なのだと思います。立場のある方含めて普段お話する相手も多様になりました。

本からよりも人から学ぶことの方が情報の粘着性は高いものが多く、結果的に学びの質は圧倒的に良くなったなと感じています。

Q&A、受け付けています!

冒頭にある通り、僕個人は「頑張る人」を応援していきたいと思っています。

実務的にガリガリ動いてサポートをする相手は限られるにしても、メッセでご質問に応えるようなかたちであれば全力でコミットします。

TwitterのDMやメンション等でお気軽にご相談ください!

学生のときに好きだったミュージシャンのことを思い出してみてほしい。
イヤホンやヘッドホン、あるいはライブ会場の大きなアンプを通してサウンドが身体に染み込んで、あなたは音圧以上の振動が胸のあたりからこみ上げてきて、全身の毛穴をこじ開けて飛び出していくのを感じたはずだ。
スポーツに置き換えても良い。マンガや小説、映画、アート、ゲーム、漫才、あるいは珠玉のラーメン。僕たちの心を揺さぶったのは、いつだって効率化とは無縁の「余分な営み」だったはずだ。

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働き始めると「効率」が価値観のウエイトを占め始める。効率的にたくさんの仕事をして、効率的に稼ぐことは、指標としてすごく分かりやすい。
特に働き始めた頃は、たった数万円の給料の差が住む家の快適さを大きく左右し、ハーゲンダッツや1,300円のランチのようなプチ贅沢のハードルを高くも低くもする。
でもほどなく気づくことになる。前よりも良い家に住んで、良いものを食べて、ちょっと家具にこだわったりし始めるために効率を追い求めた先に、あの感動を超える何かはなさそうであることに。

私が何を格好良いと思うのか、私が何に憧れるのか、私が何に自己を投影したいと思うのか。
「本当の私」とも言えるような深い価値観に働きかけてくるのは、相変わらず無料でアクセスできるYouTubeの四角い枠の向こう側でかき鳴らされる音楽であったり、数百円で手に入るコミックスや小説であったりする。

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あなたは今、それらと全然関係のない仕事をしているかもしれない。
その中でも、マインドであったり、譲れないこだわりであったり、生み出される価値が巡り巡って遥かかなたで描く波紋であったり、何かしか自分の振る舞いが「私の憧れ(例えば好きなミュージシャン)」と根底では通じているように感じているのではないだろうか。
響き合ったときに「今日は良かった」と思えるのではないだろうか。
少なくとも僕はそうであるし、この「共鳴」が僕たちを支えてくれている側面は否定しがたいように思う。

大きな社会的課題を解決しようと取り組んでいるスタートアップは立派だ。例えば社会的マイノリティが生きやすいコミュニティを作ること、インフラや金銭的な理由で生き死にが左右されるような状況を引き起こしている地域間のギャップを埋めることは、掛け値なしに素晴らしい。
世の中をより効率的にして、その対価として莫大な収益を上げている上場企業もすごいと思う。収益の大きさは付加価値の証左でもあり、数字の示す揺るぎない結果には、説明を必要としない説得力がある。

ビジネスカンファレンスやピッチイベントでそういった面々と横並びになるとき、僕はファッションという自社が取り組んでいるドメインの切実さに気後れを感じていた時期が実はある。
何せファッションの大部分が「余分な営み」に他ならない。
僕はその当時、自分たちの取り組んでいる領域の「見方」を根本的に取り違えていた。効率性を測る定規を当てたって意味がないに決まっている。なぜなら非効率さこそがファッションの価値の大きな源泉をなしているからだ。

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僕たちが肌で感じることのできる、打ち震えるような感動の多くは、「余分な営み」が生み出してきた。
「余分な営み」を否定したら、途端に僕たちはつまらない存在になってしまいかねない。
格好良さや憧れを追いかけることはお腹は満たしてくれないかもしれないが、心を確かに満たしてくれる。
そのことに気づいたとき、僕は自分の人生をファッションドメインに捧げることの良し悪しを、かつてのように悩まなくなった。

「余分な営み」の価値は極めてわかりにくい。
でもここまで読み進めてくれたあなたには、伝わったのではないだろうか。
分かる人に伝わってくれたらそれで良い。
分かる人たちで進められたらそれで良い。
結果的に生み出された「余分な営み」は熱エネルギーや物理的なウイルスに頼ることなく、どうやってか、多くの心に作用するはずだ。 

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会社を立ち上げたのが27歳の頃だったので、あれからもう5年近くが経ったことになる。
1年くらい前にAI事業に転換してから、ニューロープは順調に成長を続けている。技術もチームも売上も伸びている。これから拡大局面に入ろうとしている。
会社が大きくなっていくと手数が増えて複雑性が増し、結果として失敗したり、恥をかいたり、悔しい思いをしたりすることが今よりもっと多くなるだろう。
それらを全部ひっくるめて突き刺したって、新しいことにチャレンジしていける可能性の球体に傷をつけることはできない。

僕たちはビジネスを生み出す以前に、テクノロジーを生み出すことを心がけている。
新しいテクノロジーはいつだって人間の限界を引き直してくれる。少しずつ広がっていく輪っかの中で、僕たちは今や持て余すほどの自由を感じているはずだ。
この境界線を自分たちの手で引き直す。新しく生まれた領域に種を植え、水をやり、育て、収穫する。
液体が撹拌するようにその領域にあとから人がなだれ込んできて街ができあがっていくのを尻目に、また新しい境界線を引き直す。
テクノロジーにはそれが可能で、領土争いとは違うゲームルールを僕たちに提供してくれる。だから僕は生涯を通して、そこにベットしていきたいと思っている。

フォーカスするということは、他の魅力的なエトセトラを切り捨てるということでもある。
けれど本来僕たちは、平均的なエンターテインメントを享受することで効能が最大化するような作りになっているわけではないはずだ。
偏りなく満遍なくインプットしたところで行き着けるところは高が知れている。
意識的に偏食していきたい。
ポリシーに沿わないチャンスは躊躇なく手放せる人間になりたい。

そしてこの記事を読んでくださっている皆さんに誕生日を笠に厚かましくもお願いをさせてもらうと、そんな僕を応援してほしい。
一緒に新しいテクノロジーを世の中に打ち立てるチャレンジをしてほしい。
一時的に凋落することがあっても、10年、20年といったスパンで試行錯誤するのを見届けてほしい。
1人でできることは極めて限られている。僕はあらゆるレイヤーで仲間を必要としている。

僕たちの立てた水紋が、その勢いを保ったまま、アジアを通って、太平洋を渡って、アメリカやヨーロッパにも行き渡ってくれたら良い。
地球を何周もしているうちに、他の水紋と重なり、混ざって、強まったり弱まったりして、僕はやがて見失うだろう。
それは何よりも喜ばしいことだと思う。
浸透したテクノロジーは次世代にとっての新しいプレイグラウンドとなって、次のテクノロジーへと連綿と受け継がれていくことを歴史が証明してくれている。

「半月後には資金調達を完了して一気に事業を加速させる!」
「2か月後に新しいサービスをリリースする!」
「5年後にIPOしてEXITする!」

スタートアップを立ち上げると、少なからず上記のように先を見据えた視点を持つ必要があると思います。
「ベンチャーにはスピード感がある」とは言っても、資金調達には必要なプロセスがたくさんあってどんなにスムーズにいっても1か月はかかりますし、開発については内容に応じて1か月でも1年でも要するものです。

このとき、1か月先や半年先が待ち遠しく思えてしまうことがあります。
この「待ち遠しい」という感覚の陰には、死神が顔を覗かせます。

「早く1か月後にならないかな」「早く半年後にならないかな」なんて思っているうちに、僕たちは年を食って死んでしまいます。
小学生の頃だったら夏休みを待ち遠しく思う気持ちは健全でしたが、既に人生の1/3を消費してしまった僕のような起業家には、消化試合のような日々を送っている暇はないはずだし、そんなことをしていたらそもそも何のために生きているのかよく分からなくなってしまいます。

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リニアに何かを目指すことのできた20代

「将来起業したい」ということを思うようになってから、僕は中小企業診断士の資格を取るために勉強したり、Web業界に転職したり、プログラミングスクールに通ったりといったことをしました。
就職活動のときには「10年先にはどうなっていたいですか?」みたいな質問が面談の常套句のように飛び交っていましたが、まさに10年後のために頑張るみたいなことがあんまり苦もなくできていたように思います。

ところが30代を目前にして、ふと気づくことになります。人生が有限であること、10年先のために努力をしているうちに死んでしまいかねないこと、何か一つの目標めがけていくゲームのような考え方が人の一生とは馴染みようがないこと。
そもそもの考え方を改めないといけない。
人が定義した十進数の切りの良い数字でしかないはずの30という節目はしかし、僕にとって確かな転換点となりました。

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夢にもポートフォリオがあった方が良いという話

ではどのように考えを改める必要があるか。大まかな方向性としては「目標を目指すばかりではなく、プロセス自体も楽しむ」というものになるだろうという見当はつきます。今日に満足し、楽しみながらも前に進むことができたらこれ以上の充実はなさそうです。
これを実現するためにはどうしたら良いのか。

まず取り組む事業と自分のモチベーションは一致していた方が良いでしょう。
「好きなことと仕事は分けて考えたほうが良い」みたいな定型句がありますが、分けずにできた方が良いに決まっています。
すり合わせるためにはもちろん努力が必要ですが、やりたくないことをやって余生を過ごすよりも100倍マシなはずです。

それとは違う視点で、よりメッシュの細かい部分もケアしておく必要もあります。
これに関して、ブロガー・作家でいらっしゃるはあちゅうさんの書籍『半径5メートルの野望』に、
  • 小さな夢を毎日叶え続けるということが大切
  • 夢と言っても『香港旅行に行く』とか『親をおいしいランチに連れて行く』みたいな実現しやすい小さなものでも構わない
というようなことが書いてあって、まさにこれだと膝を打ちました。



大きな目標ばかりに目をとらわれると気が遠くなってしまいますが、夢には大小あって良くて、また小さな夢が大きな夢の構成要素になっていることもままあることで、それらを一つ一つ積み重ねていくことができれば、今日を楽しむことができるし、やがては遠くに行くこともできます。
  • 体脂肪率を15%まで絞る
  • リゾートに行ってリフレッシュする
  • 自分のことをもっと知ってもらうために、毎週1本以上はブログ記事を更新する
  • 起業家から相談を受けたら、メッセージベースのアドバイスは一切惜しまない
  • 旅行がてらアジアの視察をする
  • 年内に月商1,000万円を突破する
  • エンジニアチームを6人まで拡大する
  • マーガレットハウエルのジャケットを買う
  • 会社をIPOさせる
  • テクノロジーのフロンティアを開拓する
といった具合に、その粒度も方向性もばらばらな夢のポートフォリオを組んでみる。
中には短期的には実現が難しいものもあれば、比較的容易なものもあります。
「プロジェクトを成功に導くには、まずは小さな成功体験をチームに積ませることが大切」ということをどこかのコンサルタントさんがおっしゃっていましたが、まさにそれと同じ感覚で、コンスタンスな達成がモチベーションに大きく寄与してくれるものです。

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個人的にも、ひとつの事業に集中しすぎると、その事業が停滞した時、いつかはその停滞期を抜ける日が来るとしても、それまで精神的にはかなりしんどい状態になってしまうことを経験しています。
2つのこと、3つのことをやっていれば、どれかが停滞していてもどれかが進んでいる状態をキープしやすいので、日々が楽しくなります。一つの事業にフォーカスする場合も、それを要素分解して「ここはうまくいってないけどここは調子良い」みたいに考えられたら同じような構図に持ち込めます。

「夢」でくくるとさすがに粒度にばらつきが出すぎてしまうので、「大きな夢」と「小さな夢」というラベルで分けて書き出してみると良さそうです。
そしてそれらを叶えるためのアクションプランに落とし込んでいけば、随分と行動に移しやすくなります。

起業家やビジネスマンこそメンタルマネジメントを

スポーツ選手はコンディションによって大きくパフォーマンスを左右されるため、どのようにメンタルマネジメントするかという部分に気を配っていることは想像に難くありません。
一方で、ビジネスマンについてはどうでしょうか。「深酒しない」「就寝時間は一定に保つ」といったフィジカルな部分に注意している方は少なくないと思いますが、「何となくやる気出ないな」というときにどうやってリカバるか、メンタル面を積極的にケアできているという方は少数派なのではないでしょうか。
確かに二日酔いも厄介なものですが、それ以上に「込み入ったことが書いてあるに違いないこのメールをどうしても開く気になれない」という気分の方が業務に与える影響は大きいと思います。
そんなときに夢のポートフォリオはあなたをいつもご機嫌にして、大いに支えてくれるものと思います。大きな夢だけでなく、ぜひ小さな夢も並べ立てるということをしてみてください。

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学生時代からの友人、堤 真矢が新作映画のプロジェクトを進めていて、それに伴ってクラウドファンディングをはじめました。
「映画作品・アート作品のクラウドファンディングは内輪感満載すぎてついていけない」と敬遠なさっている方も多いのではないかと思うのですが、少しピントを変えてそのディティールを覗くと見え方が変わってきます。

彼は学生の頃から自主制作映画を撮り続けていて、社会人になってからもフリーランスとして映像制作をしながらも変わらずに自主制作活動を続けています。
驚きなのが、今回の制作費350万円のほとんどを個人で捻出しようとしているところです。既に制作には着手していて、今回のクラウドファンディングで集まっても集まらなくても必ず完成させるという男らしいやつです。

テーマは30歳を目前にした劇団員たちが、それぞれの人生と折り合いをつけながら、自分たちが果たして何者かになれるのか、一つの劇に可能性を込めるというもの。
この設定はほぼそのまま、フリーランスで映像制作をしながらも自主制作映画を作り続けている監督の心中を反映しているはずで、自分の良いところも悪いところも作品の中でダイレクトに表現する堤 真矢の純文学的なアプローチが期待されます。
今までそうやって映画を撮ってきたし、その作品は少なからず視聴者の心を打ってきたと思います。


過去の自主制作映画『ソラリアビジョンであいましょう』

うまくいくかどうか分からないことにありったけの時間とお金を使う

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何がすごいかって、やっぱりお金と時間をそこに突っ込んでいるという事実だと思います。
映像作品を作るのは本当に大変で、脚本を書き、制作費を捻出して、オーディションで役者を集め、撮影のロケーションを一つ一つ決めて、撮影が少しでもスムーズにいくように絵コンテを描きながらカット単位で撮影の順番を決めて、それでも役者や撮影スタッフを長時間拘束することになる前提でスケジュールを組み、悪天候なども加味してバックアッププランを立てておく。後にも膨大な編集作業と公演という大きなイベントが控えています。
アウトプットが明確ではない中で大勢を巻き込んでいく。チームビルディングしていく。そして自分の口座の350万円をそのプロジェクトの源泉にする。

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この構図って起業とすごく似ていると思います。(注: 筆者はファッションベンチャーを2014年に立ち上げて今も取り組んでいる起業家です。)
何もないところから何かを作り上げるということは、結局は自分のお金と時間と情熱をありったけ突っ込むという話になります。
中でも時間は限られているものだし、僕も30を前後している今まさに、自分は何に時間を使うべきなのだろうとか、自分は何者かになれるのだろうかということは本当によく考えます。人生の1/3を消化した時、突然人生が有限であるということが身に迫ります。

うまくいくかどうか分からない。うまくいかなかったら自分は何者にもなれないかもしれない。それでもチャレンジしないことには100%リターンはありえない。
みなさんにも思うところはあるのではないでしょうか。

映像作品というコンテンツフォーマットの可能性

クラウドファンディングと言うとどうしても内輪感があったり小さな生態系に収まってしまったりするプロジェクトが多くなりがちですが、普遍的なテーマに挑むこの作品は多くの共感を呼びうるし、世界に勇気を生む可能性があるのではないかと、プロジェクトの概要を読んでいて思いました。ちょっとでも気になったらぜひ目を通してみてください。


ちょうどコンテンツ業界にもディスラプトの波が来ています。映画館やテレビ番組といった従来のフォーマットが強度を失い、YouTubeやAbema、ネットフリックスみたいな、今までになかったアプローチでコンテンツが発芽するプラットフォームが急速に力を蓄えていっています。
本来コンテンツはそれ自体がパワーを持っています。競合が多い反面、共感を生むことさえできれば非常にスケーラブルなものです。そのことは鉄拳さんのアニメや「つみきのいえ」が証明してくれています。

もともと映像作家や映画監督になる道のりは大きく2つに分けられます。
  1. 映像制作会社などでCMや番組などの監督としてキャリアと実績を積み上げる。指名で依頼が来るくらいにまでなってくると、独立の道も見えてくる。映像制作のスキルを買われて映画の制作にも取り組む。
  2. 同様に映像制作会社などで現場経験を積んだ後、フリーランスの助監督として映画制作のプロジェクトに関わりながら人脈と信頼を地道に開拓していく。並行してシナリオも書き続け、コンテストや業界で権限を持つキーパーソンの目に留まるチャンスをうかがう。
フリーで映像制作をするという堤のやり方は、このどちらにも属しません。だからこそその選択が正しかったのか本人も悩んでいるだろうしこれからも悩み続けるだろうし、一方で第三の道を開通させるという可能性がそこにはあります。
環境が大きく変化する中、彼が映像作家としてどうやって戦っていくのかを含めてすごく楽しみだし、同じ起業家として応援していきたいと思いま、この記事を発信します。

6月、7月はコンテンツ・マーケティング強化月間にしていこうと思っています。
目先の目的は採用活動ですが、それ以外にも、とにかくステークホルダーの方々に情報を届けるということが、今さらながら大切だと思いなおしたことが理由の一つです。
 
モデルさんたち、モデル事務所、株主、広告のクライアント、開発のクライアント、#CBKのユーザー、提携メディア、提携通販サイト、ライターさん、開発のパートナー。この他、金銭的なやり取りが発生していなくても気にかけてくれて、良くしてくれる人たち。
ニューロープはまだ3人の小さな会社ですが、気づけば多方面に多様なステークホルダーの方々がいて、支えられています。
 
幻冬舎社長の見城徹さんが本で「癒着」が競争要因になるというようなことを書かれていました。
これはきっと真実で、賢い人たちがたくさんいて、情報が一瞬で出回ってしまうような世の中で、ウサイン・ボルトのように周りを出し抜くということは非常に難しい。結局は人と人のつながりや信頼性が事業を大きく左右することがあるのだろうと思います。
単純に取引をする、しないだけではなくて、取引をするにしても熱を入れてもらえるかどうかで大きく差がついていくようなことがあります。オンオフの間には、グラデーションがある。ここを少しでも良くしうるのは、癒着だと思います。

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ではどうしたら良いのかということを考えると、やっぱりストーリーを発信していくしかない。思いは表に出さないとないのと同じです。
僕は文章を書くことにたくさんの時間を使ってきたので、表現することに慣れています。これを使わない手はないだろうと思います。
 
もちろん良いチーム、良いプロダクトは最低条件として必要です。プロダクトの伴わないパブリシティがいかに打っても響かないかということは私も起業してからの1年で嫌というほど実感しました。
でも、そろそろ声を上げ始めるのも悪くなさそうです。2年前とは周囲の景色が徐々にですが変わってきました。
 
情報発信することで、嫌われることもあるかもしれません。でも波風が一切立たないよりはきっとずっと良いでしょう。
初めてお会いする方から「ブログ、読みました」と言われることが、割とあります。そうやって切り出してくださる方は、総じて好意的です。
何年も更新せずにいたブログが、癒着を生むチャンスを何回ふいにしたか、今となっては知れません。


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ピッチやらブログやら、細切れで情報発信してはいるのですが、酒井が何をしているのかまとまった記録を付けられていなかったので、あらためて今僕が取り組んでいる事業について書こうと思います。

僕は2014年1月にニューロープという会社を立ち上げ、3人のチームでCUBKI(カブキ)というウェブサービスを運営しています。

モデルさん、読者モデルさんを中心に現在120人くらいのタレントさんたちと提携しています。CUBKIでは、彼女たちのコーデに似ているプチプラ(注:低価格)のアイテムを買うことができます。憧れのモデルさんの着こなしを気軽に取り入れることができるのがポイントです。

マガジンサイトではスタイリストさんの書いたトレンド記事や、モデルさんのインタビュー記事を読むことができます。
夢展望さんと組んでファッションコンテストを実施したりもしています。

勝手に他サイトから画像を引用してサービスを展開しているベンチャーはたくさんあるし、それで成功しているところも少なくありません。
うちがそういったことをせずにいる背景には、正義感もありますが、"著作権を違反していたらタレントさんたちの協力を得られない"という事情も多分にあります。著作権を無碍にすると、コンテストやインタビューといった我々とタレントさんたちのコラボ企画が成立しなくなります。
著作権をクリアにして、きちんとコラボしていることがCUBKIの強みだと思っています。



話が少しだけ横道にそれますが、先日「一瞬の夏」という上下巻のノンフィクションを読みました。一度はチャンピオンに輝いていたボクサーが持ち崩し、4年のブランクを経てからまた王座を目指すストーリーです。特にボクシングに興味があったわけではないのですが、ノンフィクションが好きであることと、作家があの「深夜特急」の著者である沢木耕太郎さんだったことから手に取りました。
チャンピオンにでもならない限り、ボクシング一本で食べていくことはできません。更に興行側の都合が大きく、選手側にやる気があってもいつ試合を組めるのか分からない。ボクシングとは別に仕事をしながら、生活を切り詰めながら、いつあるのか分からない試合のためにコンディションを整え続ける必要がある。水泳やフィギュアスケートの選手が試合に向けて調整するのに苦しんでいることを考えると、そもそも「その試合がいつになるか分からない」というのは想像するだけで恐怖です。
そういった”しんどい日々"を切り抜けても、最終的に"勝ちか負けか"というシビアな未来に突き進んでいるところに、僕は起業家と重なる部分を感じました。どんなに頑張っても、相手も頑張っているわけだから、ダメかもしれない。人生を擲って打ち込んでもどうなるか分からない。
それでもボクサーも起業家も頑張り続ける必要があると思います。
「一瞬の夏」では主役のカシアス内藤の他にも数人、丁寧に描かれているボクサーが登場します。読んでいて感じたのは、勝つために頑張ってきたボクサーは"負けても美しい"ということです。反面で十分な調整もせず、 ファイトマネーを目的として勝つ気があるのかないのか分からないような体型でリングに上がるのは恥ずかしいし、そんな試合をしても本人が気持ちを消化できるはずがありません。
僕はこのことを他人ごととして突き放すことができません。お腹をたるませて最後の勝負に出られずあきらめていった起業家は少なくないし、その気持ちも痛いくらいに分かるからです。でも、それをやってしまったら志が折れてもとに戻せなくなってしまう気がします。
今のタイミングでこの作品を読めて本当に良かったと思います。

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検索クエリ数の推移

CUBKIを10月にリリースして以降、利用者は順調に伸び続けています。(上図参照)
今月末にはかなり大きな施策を打ちます。
来月頃にはiOSアプリもリリースする予定です。
また、現在はフリーのモデルさんたちがメインですが、芸能事務所さんとの提携にも動き出しています。例えばですが「ローラさんのコーデをプチプラで買える!」と言えばサービスとして分かりやすいし、多くのユーザーさんに支持されるサービスになるからです。(ここは何が何でもはずせない部分だと思っています。芸能事務所さんとつながりのある方がいらっしゃればぜひご紹介ください!)

勝ちにいきます。
今後ともご支援のほど、よろしくお願いいたします!

(繰り返しになりますが、芸能事務所さんとの提携を進めています。提携することで、芸能事務所さんにもすごく分かりやすいベネフィットを提供できます。簡単に言うと、現在様々な新興メディアがタレントさんの著作物にフリーライドして収益を上げています。これをオフィシャル化して、収益やトラフィックをしっかりとタレントさん、事務所さんに還元する仕組みを作ります。ピンときた方はFacebookでもメールでもご連絡くださいませ!)

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僕は中学生の頃から純文学を好んで読んできたけれど、社会人になった2009年から突然ビジネス書ばかりを読むようになった。
マーケティングの本、広告の本、アクセス解析の本、PHPの本、組織論、セールス、デザイン、セルフブランディング、運営管理、経理、ファイナンス、ビジネスモデル、栄養学、健康、失敗学、プロジェクト管理、情報設計、交渉学、認知心理学。
ビジネスのフィールドで真剣に闘っていこうと思ったからであるし、学んだ内容を翌日すぐに活かせることがすごく面白かったからでもある。
中小企業診断士や簿記といった資格もこのときに取得した。
どんどん新しいカテゴリの仕事に踏み込み、本を頼って切り抜けてきた。
反面で限界に苛まれるようなところがあった。
70点とか80点とかは取れる。でも100点とか100点を超えられるような気は全然しなかった。そのことには目もくれずに新しいことを学び続けた。新しいことを学び続けている限り自分の限界と向き合う必要がなかった。あらゆるジャンルの勉強をしてあらゆる要素を統合できる人間になればいつかブレイクスルーするという根拠のない見通しもあった。
純文学は読まなくなっていた。純文学は読むのに時間がかかるし、読んでも翌日活かせることなんてない。純文学を読むことに時間を費やすのは惜しい気がしていた。

「祈ればすぐに救われますよ」というコンセプトが多くの新興宗教に共通しているけれど、振り返ればそれに少し似ている。ビジネス書は読めばすぐに活用できる。それがビジネス書の売り文句だ。インスタントだから思わず飛びつく。
この売り文句は反面、底が知れいていることも暗に示している。100人が読めば100人が同じように解釈できる本は、それだけの情報価値しか持ちえない。勉強熱心な人たちはみんな大量のビジネス書を読み込んで、みんな極めて順調に突き進み、みんな同じ限界に行き当たる。
ビジネス書を読めば、チームや会社単位では活躍できる。知っているか知らないかの世界なので、知っていることが価値になり、役に立てる。チーム単位だと何よりだ。
でも視点を広げて企業間、世界規模で考えると、同じことを知っている人はたくさんいるので途端に価値が疑わしくなる。僕は起業してそのことを嫌というほど思い知った。10万分売れた本に書いてあることは10万人が知っている。10万人が知っていることを知っていても革新的なことは何一つできない。
ゴミや難破船や死体のような自律性を持たないあらゆる静物が潮の流れで同じ浜辺に行き着くように、勉強熱心なビジネスマンが大量に打ち上げられる浜辺がある。大海を縦横に立ち回っていたつもりが潮の流れに揺らいでいただけだったということを、そのときになってようやく気づく。


最近「編集者という病い」という見城徹さんの著書に触発されて久しぶりに文学寄りの本を何冊か読んだ。
例えばノンフィクションだけれど、山際涼司さんの「スローカーブを、もう一球」。
ボクシング、野球、スカッシュ、棒高跳びなど、様々なバックグラウンドを持つスポーツ選手を描く短篇集で、彼らの美学にフォーカスしている。厳しい世界で、なんとなく自分の限界を自覚できて、それでもスポーツに生涯を捧げるためには、ポリシーや美学が欠かせない。
特に棒高跳びのストーリーは象徴的だった。その選手は背が高くない。背が高くないことは棒高跳びにおいて不利で、身長や走る早さを勘案すると、跳べる高さの限界は見えている。その限界に黙々と挑戦する。いざ限界を超えたとき、次に何をしたら良いのか分からなくなる。
(ノンフィクションを文学にカテゴライズすることに疑問を感じる人は「聖の青春」「スローカーブを、もう一球」「フェルマーの最終定理」あたりを是非読んでみてほしい。人の生きざまは文学足りえる。)

スポーツには直線的なところがある。勝つという明確なゴールがあり、そのために鍛えたり戦略を練ったりする。直線的であるがゆえに競争は極めて厳しい。何を思って立ち向かうかというマインドの部分は、結果がシンプルだからこそ引き立つ。直線的なはずなのにマインドが人によってまったく違う。マインドが勝負を左右するのかは分からない。でもマインド以外に拠り所はない。

ここで文学を引き合いに出したのは、あくまでもビジネス書との対比で話を単純化するために過ぎないけれど、文学は100人が読んだときにそれぞれが違う解釈をする。よく分からない。明日使える類のものではない。けれど、そういうカオスな部分でしか人は人と違うことはできない。「スローカーブを、もう一球」から何が学べるのかということは明文化しにくい。だからこそ価値がある。誰もが行き着く潮目から漕ぎ出す推進力を秘めている。
ビジネス書を否定することはしない。そこそこのところまで駆け上がる手段として有用なのは間違いない。僕は6年間も読み続けてきたのだし、これからも読むに違いない。ただ誰もがアクセスできて誰もが理解できるビジネス書は、そこそこのところまでしか連れて行ってくれない。
その先に行くためには人との対話であったり文学であったり、よく分からないことを考え続ける必要がある。6年間遠のいてしまっていた文学に、僕は活路があるような気がしてならない。エモーションとか感性とか、得体の知れないものが人に残されたバリューなのだから。

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