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働かない「働きアリ」が存在する

「アリとキリギリス」という物語や「働きアリ」という一般名詞があるくらい、アリには働き者の印象があります。
確かにアリは炎天下でも大きな食糧をほんのわずかずつ削りながら巣まで持ち帰るという気の遠くなるような労働に精を出しています。
しかし地中に張り巡らされた巣の中には、実はサボっている働きアリが大量にいます。一生働くことのないまま寿命を迎えるアリもいるそうです。

アリは社会を形成しています。子どもを生む女王アリ、卵が乾燥しないようになめ続けるアリ、巣の修復をするアリ、エサを調達するアリ。企業のようにうまいこと仕事の分担ができているものの、それぞれのアリに指示を出している管理職のようなアリは存在しません。
どうやって仕事の分担ができているかというと、それぞれの労働に対する個体の閾値をばらばらにすることでコントロールしているそうです。
アリAはちょっと巣が崩れているだけでも気になって巣の修復に取りかかりますが、アリBはちょっと崩れている程度では気にしません。このため普段はアリAの感覚に近いアリが猛烈に働いて巣の修復をしています。ところが働きすぎるアリは早死にする傾向にあります。アリAが死んでしまって巣の崩壊がかなり進んでくると、アリBも「ヤバい!」と考えて巣の修復に取りかかります。
このように仕事に対して個体ごとの「閾値」をあえてばらばらにすることで、常に適度な労働をそれぞれのタスクに割り振れるようにアリの生態系は作られています。結果的に一生閾値を超えることなく(つまり働くことなく)天寿をまっとうするアリもいるわけです。

働かない「サラリーマン」が人類を救う?

ビジネス書がお好きな方々はピンときたと思いますが、このアリの生態系とパレートの法則には何だかつながりがありそうです。組織の2割が超頑張って、6割がほどほどで、2割がサボるというあれです。全員がフル稼働している話題のブラック企業はどうか分かりませんが、ある程度規模の大きくなってきた通常の企業では2割くらいのサラリーマンが働かなくなってしまいます。
みんなが張り切ってデスクワークをしていたら人類が絶滅する、ということは考えにくいものの、さかのぼれば人はもともと狩猟して暮らしていました。ここからは完全に憶測になります。当時は主に男性が狩りに行ったり水を汲みに行ったりしていたのではないかと思われるのですが、このときすべての男性が張り切って外出していたら、例えばオオカミの群れに襲われて全滅するような可能性もあったと思います。こうなると家に残っていた子どもとその世話をしていた女性までもピンチに陥ります。仕事をサボってだらだらしている男性が洞窟の奥にいたことが想像できなくはありません。外出組が全滅したときに立ち上がるピンチヒッターとしてです。
人類はもともとパソコンを操ったりコンビニで買いものをする前提で進化した形態ではないので、生物として見たときに習性の根拠はこの狩猟民族だった頃に求めるのが自然です。サボるサラリーマンが存在するのは、もともとは人類を絶滅させないための習性であると考えられるのです。

ビジネス書も良いけど自然科学の本を読むのもおすすめ

僕は自然科学、中でも生物学の本が好きで良く読みます。
自己啓発の書籍や記事でいろいろと細かいことが書かれていますが、人間は文化人である前に生物の一種なので、生物学を学ぶと「他人が何を考えているのか」「自分が何を基準に行動しているのか」が根源的な部分で見えてくることがあります。
例えば「自分の血筋が有利に残るようにする」というモチベーションは強烈で、多くの言動を掘り進めるとここに帰結します。自分や他人の行動原理が腑に落ちると、不必要なことに悩む必要もなくなるし、自分の考えを肯定しやすくなります。
ビジネス書も良いけれど、自然科学の本を読んでみるのもおすすめです。

もっとアリのことを知りたい方はこちらをどうぞ!
すごく面白いです。

 

働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)